卑弥呼ー27 卑弥呼の都

 道草ばかりして、すみません、・・私は、いつでも、
 いや、子供のころから道草が、だい好きでした。
 しかし、今はそうノンビリもしていられません。
  さて、
    ここから、卑弥呼の都していたところの探求に、
  入って行こうとおもいます。
 倭人伝の行路記事を見てみましょう。

  (古田氏による、読み下し文です)
  【郡より倭に至るに、海岸に循(そ)ひて水行し、韓国
  を歴(へ)るに、乍(たちま)ち南し、乍ち東し、その
  北岸狗邪韓国に到る七千余里。初めて一海を度る、
  千余里、対海国に至る。・・・又南一海を渡る千余里。
  ・・・・一大国に至る。・・・・・又一海を渡る千余里、
  末盧国に至る。 東南陸行五百里、伊都国に到る。
  ・・・・・東南奴国に至る、百里。・・・・・東行不弥国に
  至る、百里。・・・・・南投馬国に至る、水行二十日。
  ・・・・南邪馬壹国に至る。女王の都する所。
  水行十日陸行一月】

  (この文の意味を古田氏の解説から
   私なりに、説明してみます。)

  (一)、この行路記事の主要文は
   【郡より倭に至るに、・・・・・・水行十日陸行一月】
   
  全行程を旅する(所要日数=40日)で表現しています。
水行10日とは
   ①、帯方郡治から帯方郡西南端に至る「水行」
   ②、(a)狗邪韓国―対海国間
    、(b)対海国―一大国間
    、(c)一大国―末廬国間
     の、三区間の「水行」
    ①+②と、この二つをあわせて十日という意味です。

 陸行一月とは
  ① 帯方郡西南端に上陸し、おおよそ東南方向に進み、
    韓国東南端に近い狗邪韓国にいたる間の、韓国内
    の「陸行」。
  〔・・・韓国を歴るに、乍(ちたま)ち南し、乍ち東し、其の
   北岸狗邪韓国に到る、・・・ここの句の、「乍~乍~」の
   文形は、南へ行ったとおもったら、東へ行き、東へ行っ
   たとおもえば、また南へ・・と、階段式に句邪韓国に到
   った、と読みます。古田氏これを名付けて、階段式読法
   と言っています。〕
  ② 「対海国内」と「一大国内」の陸行
  〔帯方軍治から邪馬壹国まで1万2000里となっている
   のに、すべての里程を合計しても、1万600里にしか
   ならないではないか?、この数値は信用できない、だ
   から粗雑で嘘っぽい記事だときめつけられています。
   しかし、古田氏は方四千里、方三千里に目をつけ、新
   発見をされたそうです。すなわちそれまでは対海国、
   一大国のそれぞれの周囲の半分、半周を加えなけれ
   ばならない事に気付かずに右往左往してきた所を。
 氏は、方四千里と方三千里の半周ずつ、1400里を、加
   へたら、ピタリと1万2000里となり行路記事は正しい
   と、確信されたようです。これを称して、氏はこれを
   「島巡り読法」といっています。〕
   
  ③ 末盧国より邪馬壹国までの「陸行」
  〔氏は道行き文と呼んでいます。・・ひたすら、みずからの
   目指す目的地に向かいながら、かたわら、右手や左手
   に分岐する風物を点綴しながらのべてゆく・・・・実地的
   実際的表記法といっています。〕

邪馬台国論者は詳細の(里程)プラス(水行十日陸行一月)
して(加上法式・・古田氏命名)、計算するので約倍の所要日
数となり、途方もない所へもって行ってしまっているのです。
恣意的に遠くへと持っていこうとしているのかもしれません。
   
  (二)、〔海岸に循いて水行し、~女王の都する所。〕
   この間の文は行路を詳細に(里程)で述べている
   のです。

  (三)、郡より女王国に至る万二千余里。
      帯方郡治より女王国の都まで合計1万2000里 
      という意味です。
  
   (里)・・・という長さの単位については・・・
    魏、晋、の短里、・・・一里は75メートル。
    漢、唐、の長里、・・・75X(約)6倍
   というように、時代によって里の単位がちがっている、
   ことを古田氏は実際の地図上で、三国志時代の里程
   距離を 方~千里(方法の定理) から計算をして、
   魏、晋朝の里単位を発見されたそうです。

   
  (四)、「主線行路」と、(主線行路からそれて別の目的地
   に行くための傍らの道、)「傍線行路」との2種類の行路
   とで構成されています。

    上記行路記事中
   先行動詞と(至)の関係についてしらべてみると、
    
      (先行動詞)     (至)
    ① 従・・・・・・・・・・至>倭(倭に至る) 
    ② 度・・・・・・・・・・・至 対海国(対海国に至る)
    ③ 渡・・・・・・・・・・至 一大国(一大国に至る)
    ④ 渡・・・・・・・・・・至 末盧国(末盧国に至る)
    ⑤ 行・・・・・・・・・・到 伊都国(伊都国に到る)
    ⑥ (ナシ)・・・・・・至 奴国(奴国に至る)
    ⑦ 行・・・・・・・・・・至 不弥国(不弥国に至る)
    ⑧ (ナシ)・・・・・・至 投馬国(投馬国に至る)
    ⑨ (ナシ)・・・・・・至 邪馬壹国(邪馬壹国に至る)
   
   ⑥‐⑧‐⑨については先行動詞が無く、実際に到着した
   地点からの方向あるいは、距離を道標(案内標識)的に
   指示しており。
   ⑨は最終目的地、首都邪馬壹国であるから、前出の
   ①~⑤、⑦のすべての先行動詞を受けています。
   道標読法によって、⑥、⑧がそれぞれ伊都国、不弥国
   の分岐から奴国、投馬国への傍線行路を表現している
   のです。
     
    残りの①‐②‐③‐④‐⑤ー⑦が主線行路となります。

   そこでなぜ、奴国と投馬国を特筆するのか、と考えるに、
   奴国は二万戸、投馬国は五万戸と邪馬壹国と肩をなら
   べる大国(軍事的にも要チェック国)だからである。

   遣使は不弥国、卑弥呼の国の玄関口、まできました。
   
   
  まだ古田氏の説を十分に説明しきれているとは、おもい
  ませんが・・・・又次のページで、・・・・・
   

  
   
 

  
   
 

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この記事へのコメント

鼻毛産品
2009年04月25日 20:05
がんばって

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