卑弥呼ー13 「壹」と「臺」

 古田氏は
  「壹」と「臺」の探求から、始めたようです。
   【「壹」は「臺」のあやまり】とか、【「壹」は「臺」の誤】
   と、いとも簡単に論証もなしに「あやまり」という言葉
   で、かたずけられているから。
 氏は、「壹」と「臺」の完全調査、紹煕本「三国志」全体の
   中から二つの文字を全部抜き出す作業をしたそうです。
    そしてそれらを酷似して、誤刻の可能性の有りや無し
   かを調べたそうです。
  ①壹の文字のついた語句は82例あり、臺→壹の誤記
   は生じていない。
  ②臺についても全58例とも壹→臺の誤記は全くおきて
   はいない、ということが判明したそうです。
  この二つのことから
   一、3~12世紀間の諸筆跡は、それほど混同され
     やすくはなかった。つまり、陳寿自身より紹熙本
     にいたる間の「筆跡状況」は、両字が間違え易い
     ほど似ていたとはけっいしていえないことと。
   二、誤謬率の統計的検査。両字の分量と分布は統
     計的処理に充分な状況にあり、結果誤謬率0が
     示された、そうです。
  
   以上の結果「壹と臺は字形が似ているから誤った
   のだろう」ということが、根拠なき推定であった。
    ということです。
   
   ということは、はっきりと壹は壹、臺は臺であったの
   です。「邪馬壹国」は「邪馬臺国」(邪馬台国)では
   なかったのです。
  
   ではまた
   二、  

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この記事へのコメント

2009年01月31日 11:28
今まで書かれていたことをまとめてみると、次のような理解でよいのでしょうか?。

古代中国の歴史書である『魏志倭人伝』には「倭人が暮らす地域には『邪馬壹国(やまいちこく)』という国があり女王卑弥呼が統率していた。」と記されている。
ところが現代の通説では、卑弥呼の国は『邪馬壹国(やまいちこく)』ではなく『邪馬台国(やまたいこく)』とされている。この『邪馬台国』の元になったのが『邪馬臺国(やまたいこく)』であり、『壹』が『臺』に変えられてしまっている。
なぜそのようなことになったのかといえば、誤りなどではなく、意図的に原文を書き換えたのである。
これは、現代の日本に繋がるヤマト政権に権威付けをしたいと考えた者達によって意図的に画策されたものである。
すなわち卑弥呼の国が『やまいちこく』と呼ばれるよりも『やまたいこく』と呼ばれるほうが、「やまたい→ヤマト」というように連続しているかのように読めて、ヤマト政権の誕生がより古いものになって権威付けられるというわけである。

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