テーマ:倭人・東テイ人

東〔魚是〕人④-神武と那賀須泥毘古(ながすねひこ)

前ページでは、神武は倭人として無事速吸の門(鳴門海峡)通り抜け た、ところまで書きました。 さて、ここから戦闘に入るわけですが、その前に次の一文を見ること にします。 “故(かれ)、その国より上り行く時、波速之渡を経て、青雲の白肩津  (しらかたのつ)に泊(とま)る。此の時、登美の那賀須泥毘古、軍を  興して待ち向へ…
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東〔魚是〕人③-銅鐸王国は神武一派に破壊された

ヤマト王権の前には銅鐸を祭祀とする王国があった。 それは、出雲から、(現代の地図から見ると)鳥取、京都を南東に広 がる近畿までの広い領域を有する、東〔魚是〕人の国家であったの ではないか・・・と、前ページまで説いてきた。 そして、その広大な領域をもった東〔魚是〕人は、ある時点,、歴史上 プッツリと消えてしまう時が来る。そし…
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東〔魚是〕人②ー鯷〔魚是〕(テイ)と銅鐸

「是」の意味の解読から、日本列島内に、倭人と東〔魚是〕人の民族国 の存在を明らかにすることができるようになった。 そして、その東〔魚是〕人の国は倭国の東隣に近接していたのではない か、・・・、というところまで理解できるようにもなった。 この理解が正しかったと思える決め手らしきヒントが、東〔魚是〕人の中 の〔魚是〕の文字の中…
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東〔魚是〕(テイ)人①ー倭国と東〔魚是〕国

《タイトルの〔魚是〕(テイ)の表し方は・・、魚偏(サカナへん)と、「是」の 旁(つくり)で成り立った一文字を意味しています。そして、その訓読が (テイ)である、ということです》。 東〔魚是〕(テイ)人〔東鯷人〕の話をする前に、「倭人」についての話か ら入って行かなければなりません。 ・・・、というのは、東〔魚…
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三角縁神獣鏡ー13 東鯷(テイ)人と出雲

漢の時代、韓半島南部から対馬暖流に乗って日本へ流れ着く民族は、これ までの論述をご覧頂ければ、お解り頂けるとおもいますが、その多くは出雲 や能登半島へ、と考えられています。 そして、彼らの中でも、出雲に流れ着く舟が圧倒的だったと考えられていま すが、その出雲に流れ着いた彼らは、そこから日本海沿岸を北へ北へと登 り、行き着く北は…
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三角縁神獣鏡ー12 倭人と東鯷人

出雲について話をしようと思ったのですが、もう少し東鯷人と倭人について書きたいと おもいます。 日本海と称する内海(私の名付)はユーラシア大陸南岸と日本列島の北西に広がる沿 岸にかこまれた大きなお盆のような海です。 内海と書いていて・・・、気付いたことがありました。それは・・・、 「内海」に対して「外海(そとうみ)…
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三角縁神獣鏡ー11 倭人と東テイ人

北方から、高句麗建国時に溢れ出て南下した民族と、中国方面からは、秦 の役、または、漢が中国を統一する際、その戦いから弾き出された民族が 漢半島南部の洛東江両岸の肥沃な大地に逃れ、在地の民族と混血融合、 そして、そこに定着した民族の内の加羅族(加耶族)は、本家が統治する区 域と、分家が治める地域に区分され、本家のほうを「ウカヤ=上…
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三角縁神獣鏡ー10 三角縁神獣鏡以前ー日本国から見た東テイ国

前ページ、天智天皇の歌と、その反歌、および「播磨国風土記」の中に登場する、出雲 の阿菩(あぼ)の大神の説話は、近畿領域における三角縁神獣鏡以前((紀元200年 以前)の神話の領域の広がりを物語るものであった。・・・、というところまで書きました。 これらの話は日本国の近畿領域内の神話、あるいは伝承ということです。 これに対して…
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三角縁神獣鏡ー9 三角縁神獣鏡以前

前ページのおさらいと補足を、少し書かせてもらいます。 これから述べようと思っている中に出てくる話ですが”銅鐸国が東鯷国である” ことをほのめかす、(神話らしきものを内臓する)風土記と、万葉集の中の一つの詩歌 を紹介します。    中大兄皇子(天智天皇)の大和三山の有名な歌です。  ““香具山は 畝火を愛(お…
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三角縁神獣鏡ーついに出た!私の悪いクセが!?

前ページ、前々ページ、わたしの頭はどうかしちゃってしまいました。考えが揺れ動 き、その志向性が定まりませんでした。 お恥ずかしい次第ですが、前ページの訂正を、また、訂正のし直しの羽目ということ になりました。 再度の再度古田氏著本を読み返して・・・、これは、大きな間違いをしていたことに、 気付かされました。・・・、それは・・・…
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三角縁神獣鏡ー東鯷(てい)人は近畿領域の民族ではなかった

ここで、“東鯷人”の意味を述べておきます。 この中の“鯷”の文字は魚偏に旁が“是”です。 そして、「是」の意味は、“近いものを指す”指示詞です。・・・、とすると・・・、 「東鯷人」、とは、“東の近くの人” という意味となります。そして、“近くの人”の意味は、 もちろん中国から見た表現で、…
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三角縁神獣鏡ー8 倭人 と 東てい人

前ページでは、東鯷人が倭人とペアを成して、ワンセットで「漢書」に登場していた ということを書きました。 後漢書でも漢書と同じく、東鯷人と倭人とがワンセットでペアを成して登場、漢書と 同じスタイルの文章で紹介されています・・・・・、  “会稽海外に、東鯷人有り。分かれて二十余国を為す、と云…
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