テーマ:無題

“秘められた『邪馬台国』(八尋秀喜著)”の嘘-8

今テーマ本当に本当の最終章のページです。 『水城』と『邪馬壹国』の関係についてです。 前ページで紹介したように、例のあの膨大な水城は、“少なくと も三期にわたって築かれていたことが分かっています。 それは・・・、(内倉武久氏のサイトそのままの掲載です) “水城の堤の下には地盤固め用の木の枝の「敷粗朶(しきそだ)」 …
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“秘められた『邪馬台国』(八尋秀喜著)”の嘘-7

今テーマ最終章になるかも知れないページです。 今ページでは、大宰府と邪馬壹国、水城と邪馬壹国の関係について 論証することにします。 『大宰府と邪馬壹国の関係について』 九州歴史資料館 開館記念 特別展として、「大宰府」その栄華と軌跡 と題した本が平成二十二年十一月二十一日に発刊されました。 編集・発行は九州歴史資料館…
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“秘められた『邪馬台国』(八尋秀喜著)”の嘘-6

今ページからの内容は、前ページと多少掛け離れる内容となります   が、氏の思いっきり自由な発想で導かれた微かな希望・・・ “邪馬 壹国が吉野ヶ里の地であったのではないかの可能性”・・・の(私も その可能性を頭から消し去ることができないので)その予見らしきも のを示唆してくれたことにあやかって、前ページからのカテゴリで、 酷評の…
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“秘められた『邪馬台国』(八尋秀喜著)”の嘘-5

まず、私の“末羅国から女王国までの行程”の論証を示しておきます。 末羅国へ降り立って、末羅国から"東南陸行伊都國に至る500里"と なっています。 「東南陸行」は、出発し始めの歩き出しの方向を指し示したものです。 歩き始めれば、あとは、魏使が伊都国に確実に到着できるよう倭国 側の出迎えの使者が待っていたであろうことは容…
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“秘められた『邪馬台国』(八尋秀喜著)”の嘘-4

狗邪韓國から末羅国までの南へと下る行程記事の訳です。 もう一度、狗邪韓國から末羅国までの航路をグーグルアースで下に 示しておきます。 對海國と一大國通るところの原文を八尋秀喜氏はつぎのように解説 しています。 ①“始度一海千餘里至對海國其大官曰卑狗副曰卑…
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“秘められた『邪馬台国』(八尋秀喜著)”の嘘-3

前ページの補足です。 前ページで、韓地がグーグルアースの平行四辺形で表せることとそ の四辺形の鈍角の対角を一本線で引いてできる三角形が正三角形 であったことを証明できるであろう三つの記述が『魏志韓伝』とその 序文の中にあります。 『魏志』(東夷伝序文)と『魏志』(韓伝)に次のような記事があります。 明帝の公孫淵討伐の…
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“秘められた『邪馬台国』(八尋秀喜著)”の嘘-2

今ページは、読売新聞の広告欄のある記事が目に釘付けにな ってし まいました。 “秘められた『邪馬台国』(八尋秀喜著)”という本の宣伝文の内 容に  です。 その宣伝によれば・・・、“邪馬台国に至る(水行十日、陸行一 月)の謎を古代船「地球号」の実験結果と大宰府天満宮の「翰 苑」を駆使し、卑弥呼の都を突き止めます。…
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