牡丹山神社古墳と埴輪

2014・9・8日の朝日新聞の新潟版でこんな記事を見つけました。
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新潟東区の神社一帯が円墳の牡丹山諏訪神社遺跡ということで
すね。

飯綱山古墳群につづく二例目の円筒埴輪の発見。新潟県の古墳
時代の遺跡もそう見捨てたものではないようですね。これからの
新発見も大いに期待あり・・・というところでしょうか。

・・・ところで、この新聞の解説は、一体どうなっているの。

①、“県内二例目の埴輪が出土したからといって、どうして即、大
 和政権と密接な関係をもつ遺跡”、と断定できるというのでしょ
 うか。

 飯綱山古墳群につづく二例目の円筒埴輪の発見、というのだか
 ら、飯綱山古墳との関連を探ればいいものを、埴輪が見付かっ
 たからといって、どうして奈良政権の方向のみを見るのだろう
 か。
 (埴輪は奈良県の遺跡から出土した土器のみではないから)。

 飯綱山古墳では土器製の銅鐸も見付かっていれば、三環鈴
 (青銅器)も見付かっている。
 この三環鈴(さんかんれい)は、さきたま資料館展示の稲荷山
 古墳出土の、鈴・鈴杏、鏡(すずぎょうきょう)文化圏との関連性
 を思わせ・・・、飯綱山古墳と稲荷山古墳の共通項が見出せる
 ような出土物です。
 (稲荷山古墳の王者は独立独歩、奈良の紐付き王者ではない
 から)。

 また、銅鐸といえば、(奈良県を除いて)大阪(特に、茨城市の
 東奈良遺跡領域)から出雲文化圏主流の青銅器です。
 奈良県の銅鐸は神武後裔の一派によってことごとく壊され、青
 銅器武器に鋳なおされてしまったはずですから。

これらのことを勘案すれば、牡丹山諏訪神社遺跡を支配した豪
族は大和政権とではなく、どちらかといえば、出雲ー奴奈川姫の
日本海沿岸ライン、あるいは稲荷山文化圏の群馬から最北辺の
山越えのラインであったかも知れない、と訝しく思うばかりです
が。

②、渡来人と大和政権の関係を論ずるより、日本海沿岸の漂着
 渡来民族と牡丹山諏訪神社遺跡の豪族との関連性を論ずる
 ほうが手っ取り早く意味があるのでは・・・、と肝を焼くばかりで
 す・・・が。

以上、古墳時代の遺物や墳墓そのものが発見された(前方後円
墳の発見はなおさら、ですが)、といえば、オウム返しのごとく何
でもかんでも大和政権を論ずるは・・・、現代の学者さんの悪いく
せなんじゃなかろうか。頭の中をまっさらに、一考を願うばかりで
す。


次ページも前ページの続きです。

次ページもよろしく・・・、では。

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この記事へのコメント

憂鬱な日々
2014年09月10日 06:43
「古墳時代の遺物や墳墓そのものが発見された(前方後円墳の発見はなおさら、ですが)、といえば、オウム返しのごとく何でもかんでも大和政権を論ずるは・・・、現代の学者さんの悪いくせなんじゃなかろうか。」というご指摘、頷けます。

一方、そのスタンスで記事を書く朝日新聞もいかがなものかとも思いますが、この場合は記事の捏造ではないので、まあ良しとしたいと思います。

朝日新聞と言えば、ご存知の通り吉田清治のフィクションを取り上げて、「従軍慰安婦」のキャンペーンを展開し、現在の「従軍慰安婦問題」をでっち上げた新聞ですね。それによって、日本はどれだけ不利益を受けていることか(怒)。

今年の8月5日には独自の検証をしたとして、「独自検証の結果、吉田証言の証拠が見つからず、虚偽と認定し記事を撤回した。しかし謝罪は一切無く、しない方針も社長の木村伊量により明らかにされた。」ということです。

朝日新聞は日本と日本国民を陥れたのです。
私はそのような新聞を購読しません。

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