卑弥呼ー39 三環鈴

 前ページで付言しておきたいことがあります。
  新潟県六日町の飯綱山古墳(5C古墳中期)出土の
 三環鈴(青銅器)、について。
  昨年の秋、私は、阿部氏と共に(実のところ阿部氏より連
 れて行って頂いたのですが)埼玉県さきたま古墳群を見て
 きました。見てビックリ仰天!・・・まさに古墳の群立地、そ
 の近、遠辺は古墳だらけの町でした。
  そして、「さきたま史跡の博物館」に案内してもらい、これ
 またビックリ仰天・・・もちろん稲荷山鉄剣が主目的ではあり
 ましたが、そこには稲荷山古墳出土の多くの中に、鈴・鈴杏
 鏡(すずぎょうきょう)・三環鈴(さんかんれい)、が展示されて
 いたのでした。
  古田氏が述べていた、あの「鈴、鈴文明」の「鈴」があった
 のです。稲荷山古墳の銘文入りの鉄剣、全国の歴史フアン
 が注目する鉄剣ではありますが副葬品としてはおなじみの
 ものです。しかし、ここ埼玉には他には無い「鈴」、・・・の中
 に鉄剣があった、ということなのです。そうです、「鈴文明の
 中の稲荷山鉄剣であった」、ことを確認しました。
 
  そして、(おなじみの定説としては)雄略天皇作成の鉄剣
 では!?、ということにも。このことについても後ほど書いて
 みたいと思っています。

 古田氏によると、古墳時代(弥生終末期より)には、すでに、
 関東には鈴を(祭祀とする「これは私見?」)鈴文明、鈴鏡文
 明が存在していた、と述べています。

 六日町(飯綱山古墳)出土の「三環鈴」は新潟県南部も
 鈴文明の一環に入っていたということを、告げていたので
 した。

 ・・・九州には銅矛王朝、近畿には銅鐸王朝、と並び称される
 くらいの関東圏には鈴鏡王朝(鈴鏡文明)があった、としても
 おかしくはないと思います。・・・

次ページから九州に王朝があった、としなければ解けない
 諸問題について、書いてみたいと、思っております。
 
 

  
 

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック