卑弥呼ー21 道草 四

私の目の鱗(うろこ)がさらりと、とれた
 人麻呂の秀歌、雷山の絶唱、の中の
  “海鳴りの歌”です。

 ≪大君は 神にし座せば 真木の立つ
     荒山中に 海を成すかも≫
 
 原文
  皇者 神二之座者 真木之立 荒山中二
               海成可聞
  
 【上の原文の 二 という数字は、山冠に小と
  いう文字なのですが、私のパソコンでは変換
  が出来ないので、代用させてもらっている文字
  なのです。ご了解ねがいます。】

 この歌に対する、従来の理解は次のようです。
  「我が皇子は神でいらっしゃるから、真木の
  立っている荒れた山の中にも海をお作りに
  なることである。」

 この歌でも「(雷山の歌)」のように、
  「天皇は現人神(生き神様)であるから。」
  というフレーズ、つまり「阿諛の言葉」だけ
  では“満足”せず、さらに「皇子(長皇子。こ
  の歌の対象者。)に対してすら、「阿諛の声」
  をすすめ、一皇子をも「現人神(あらひとがみ)」
  と呼んだ、というのです。
 さらにすさまじいのは、この歌の後半です。大和
  山地(奈良県桜井市鹿路とする。239の長歌
  の前書による。)の山中の池の「存在」に対して
  、これを「池ではなく、海です。」と言い、その
  池(獵路の池)を作った皇子に対して
 「これこそ、貴方が現人神(生き神様)でいらっ
  しゃる証拠です。」と“賛美”したというのです。
このような、理解の仕方でいいんでしょうか。
  ど素人の私でさえも、いいかげんにしてくれ!!!
 、というような歌とされてしまっています。
  あの有名な人麻呂がこんな歌を作るなんて!!!  

  あの人麻呂、がですよ・・・・・。この歌の理解の
   仕方が違うんじゃあないでしょうか?
  いくら何でもひどすぎるのではないでしょうか?
 人麻呂も草葉の影で嘆き悲しんでいる筈です!。
  
  現代の作歌、評論家、文化人までも皆人麻呂を
  朝廷の御用作歌みたいに揶揄して貶めている
  ようなのです。
   
  しかし私は古田氏著の、この「古代史の十字路」
  に出あって、初めて人麻呂はもの凄く才気あふれ
  、壮大な長い歴史ロマンを何気なく、ちょっと手 
  でかいつまんで、私の心の中に優しく、ポン と
  投げ入れてくれるような、大作家としての人麻呂
  を認識させてくれました。

  古田氏はいっています・・・
 ここまで来ると、もう、まるで「阿諛をなさない阿諛」
 だ!。と。・・・・・・   そして、
  「これこそ見事な賞美の言葉だ。日本人の本来の
   精神の表現である。」、、などと言う人がいるのだ
  ろうか。あれば、その人こそ「現代の阿諛者」だ。・・
  ・・・・と。
 しかし、氏によって、歌は一変する。
  古田氏は、御自分の主催する、
  多元的古代・関東、氏と古代史を研究する会、所属
 の福永晋三(および伸子)氏からもたらされた「原文の
 『海成』は“海なり(海鳴り)”ではないでしょうか」の、一
 言から、新しい探求の出発となった、と云っているので
 す。
 
 「海鳴り」、この言葉はわたしには幼少時代から深い
 印象を以って語られてきた。と、古田氏は言い、そして
 また、
  【私の両親は土佐(高知県)の出身だ。わたし自身は
 その地に住んだことはなかったけれど、いつもその地に
 ついて語り伝えられてきた。その一が「海鳴り」だ。
  父が若かったとき、祖父やその家族と共にいた。今の
 高知の近辺である。ある日、海の沖合いからの
 「海鳴り」を聞いた。底ごもった、言いようのない、暗い
 ひびきだったという。
  直ちに、畳を上げ、2階の屋根の上に積み上げた。
 家族一同、その上にあがり、その「とき」を待った。
 やがて、海が押し寄せた。怒り狂ったような大波が
 やって来た。またたくまに、一階を飲み込み、二階を
 ひたし、その屋上に積み上げられた畳をひたし
 初めた。一同、生きた心地はなかった。が、そのとき、
 海は徐々に退きはじめた。難を逃れえたのである。
  「海鳴りがしたら、津波がくる。海鳴りに気をつけんと
 いかんのじゃ。」くりかえされた、父の言葉だった。
 それを思い出した。

 「遠雷に似て、海から聞こえる断続したひびき。砕ける
 波に巻き込まれた空気が、すきまから逃げるときに
 発生する。台風や低気圧の接近を告げるもの。」

 海鳴りの原因は・・・・(古田氏はNHK気象問題担当の
     ベテランのOBの方に教えを受けられたそうです)
 〈その一〉海鳴りの原因は、波が海岸で空気を巻き込
   み、これが沖合いで音響を発生する因となっている。
 〈その二〉その音響が天空の厚い雲の層に衝突して
   反響し、その高度や角度によって、かなり遠方の
   内陸部にまで、到達することがある。たとえば、新
   潟県の沖合いに発生した海鳴りが、長野県の北部
   で「聞こえた」報告例があるという。
 〈その三〉福岡県の雷山は三方(唐津湾、玄界灘、博多
   湾)が海であるため、この種の音響(海鳴り)は十分
   に到達しうる。
 〈その四〉雷山には、玄界灘から、すさまじい風音を
   “運ぶ”と信ぜられた「風穴」説話があるが、これも、
   上 のような気象条件を背景としたものであろう。(法
   持聖、清賀上人にまつわる伝説)
  
  「真木」の所在地、これも先に紹介した「雷山」、
   あの「すめろぎは神にしませば」と先頭句を
   共有する、この「雷山」こそ、この歌の作歌場所
   なのです。

  ではこの歌の意味は・・・・・・
   「二ニギノミコトたちは、今すでに死者(神)となって
    おられますから、この真木(樹木の美称)のそそり
    立つ荒山の中に『海鳴り』として、その死者の声を
    とどろかせておられます。そしてその声は確かに
    わたしの耳へと伝わってきます。】

   この歌も、やはりオドロオドロしい、不気味な響きを
  以って、容赦なく自分に反省を強いている。豪快では
  あるがやさしく “仕方ないさ・・・” と云っているような、
  やはり時代のうねりには身をまかせてもいいんだよ・・・、
  と問い掛けてくれているような秀歌の中の秀歌だ、と
  (私も)思います。

  それを、近畿の雷山を作歌場所とした場合、」われわれ
  素人にはわからない、天皇家の神がかり的な存在を意
  味している、といっても・・・、考えただけでも滑稽でアホ
  らしい歌となって、身震いを感じます。

  上記の文は、氏著、古代史の十字路より、抜粋させ
  てもらいました。

  きょうはおそくなりましたので、それでは・・・・
  
 
    
   

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック