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zoom RSS 「歴博」による14C測定値の発表(2003年)−1

<<   作成日時 : 2013/07/06 06:51   >>

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前ページまでの若手研究会による1996年発表(14C測定値)を
を受けて、世界の潮流には逆らえないと思ったのか、国立歴史
民俗博物館(以下、歴博)による(14C年代測定法)で調査結果
が著本となって世に公表されました(ただし、この公表は、全国
の自治体にのみのような気がしているのですが)。

<赤文字@〜Fまでの番号は私のポイントチェックです。>

その著書は・・・、
2003年10月、「国立歴史民俗博物館研究業績集」と題する本
です。

<その中にはつぎのようなことが書かれています。
  (以下はまる写しです)。>

弥生時代の開始年代
―14C年代の測定結果について―
(春成秀爾・藤尾慎一郎・今村峯雄・坂本 稔)

はじめに、
“近年、AMSを用いた14C年代による高精度編年の手法が、
ハ ード・ソフトの両面において技術的に著しい発展を遂げてい
る。
国立歴史民俗博物館(以下、歴博)では2001年度から科学研
究費基盤研究(A)(1)「縄文時代・弥生時代の高精度年代体
系 の構築」(研究代表・歴博情報資料研究部・今村峯雄)を開
始し、 縄文・弥生時代の年代的枠組みを、列島規模で構築す
るために14C年代の測定を進めてきた。このうち東日本の縄
文時代中期を対象とした細別土器形式ごとの歴年代の推定と、
集落・住居の継続期間の復元については、2002年度の本総
会で発表を行っている。”

“九州・韓国を対象とした弥生時代開始期の高精度編年の構築
を目的としたセクションでも、年代測定を進めてきた。九州各地
を中心に韓半島南部までの範囲で、土器に付着した炭化物や
炭化米を中心に、放射性炭素(14C)濃度をAMS法を用いて
測定し、14C年代を得た上で、較正曲線を用いて歴年代を推
定する方法で、これまで70点近い試料について測定済み、あ
るいは測定中である。前処理は歴博年代測定試料実験室で行
い、14C測定はBeta Analytic Inc .に依頼した。”

“その結果、@従来の弥生時代早期の推定年代、前5〜4世紀
を約500年さかのぼる歴年代が得られた
。これはデータの精
度が悪いが、1950年以来、β線法によって得られていた14C
年代から計算される較正年代値や、最近の年輪年代法による
歴年代の傾向と矛盾しない。”
A従来の弥生時代早期の推定年代、前5〜4世紀を約500年
さかのぼるが、B(年輪年代法)による歴年代と14C年代測定
値との間には矛盾がない。”

“縄文時代と異なり、C弥生時代の場合は青銅器を中心とした
中国・朝鮮出土の文物との交差年代法により、大正時代以来
打ち立てられてきた相対年代の枠組みが存在する
。弥生時代
の歴年代を推定するのに14C年代はこれまで敬遠される傾向
があったけれども、D14Cの較正年代および年輪年代につい
て、考古学側はこれからどう向きあえばよいのか考えなければ
ならない時期にきている。
まだ測定作業の途中であるが、この
機会を通じて広く研究者の間に14C較正年代の近況について
報告し、E弥生時代の暦年代について再考する機会としたい

<歴博が測定調査した結果を下に示します(図で表されていま
すが、ここでは列記の形をとります)。>

【弥生早・前期の14C較正年代】
試料にしたのは表に示した玄界灘沿岸地域の諸遺跡から出土
した土器に付着した炭化物と杭である。

《佐賀県唐津市》
    (時   期)・・・・・・(測定番号)・・・・(炭素年代14CBP)
(梅白遺跡)  ↓          ↓       ↓
1・・・杭(夜臼U式)・・・・(Beta−174312)・・・2600(±40)
                                              
2・・・杭(夜臼U式)・・・・(Beta−174313)・・・ 2680(±40)
3・・・土器付着炭化物・・(Beta−172136)・・・ 2660(±40)
     (夜臼U式)
4・・・土器付着炭化物・・(Beta−172137)・・・ 2970(±40)
     (夜臼Ub式)                         

《福岡県早良区》
(橋本一丁田遺跡)
1・・・土器付着炭化物・・(Beta−172137)・・・ 2970(±40)
     (夜臼U式)
2 ・・・土器付着炭化物・・(Beta−172129)・・・ 2640(±40)
     (夜臼U式)
3・・・ 土器付着炭化物・・(Beta−172130)・・・ 2660(±40)            
     (夜臼U式)
4・・・ 土器付着炭化物・・(Beta−172131)・・・ 2650(±40)
     (夜臼U式)
福岡市博多区
(雀居遺跡第12次)
1・・・ 土器付着炭化物・・(Beta−172132)・・・ 2560(±40)
    (夜臼Ub式)

2・・・土器付着炭化物・・(Beta−172133)・・・ 2510(±40)
    (板付Uc式)

3・・・土器付着炭化物・・(Beta−172134)・・・ 2620(±40)
    (板付T式)

4・・・土器付着炭化物・・(Beta−172135)・・・ 2590(±40)
    (板付T式)

<上記が玄界灘沿岸地域の3遺跡についての測定結果です。>
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

<この結果について「歴博」の解説があります。>

“測定期間番号は試料の測定データそれぞれに振られた固有の
番号である。14Cの半減期を5568年とし、同位体効果を補正
した14C濃度から算出した年数を、西暦1950年を起点にさか
のぼって示したモデル年代である。ここでは単位を14C BPで
表し、付された誤差は1標準偏差である。”

“14C年代は実際の暦上の年代(暦年代)とは一致していないた
め、暦年代の判明している試料の14C年代と比較して修正する
必要がある。
これは国際的な標準とされる修正曲線であるINTCAL98(日本
産樹木の年輪資料に基づいて14C年代を修正した曲線とよく符
号することが判明している)を用いて補正した。”

“これまで弥生時代の開始期の年代については、太陽活動が停
滞していた時期にあたり、宇宙線の強度が増加し、14C濃度の
時間変化が見かけ上、ほとんどない時期に相当することから、
14Cでは測定が困難と考えられてきた。
しかし今回の調査では、その時期は九州北部の弥生前期末か
ら中期後半の、いわゆる成人甕棺葬の盛期に相当している。”

“たとえば福岡市博多区雀居遺跡第12次調査の試料4(板付T
式)は、2標準偏差(95%)の信頼区間を830cal BC-750cal BC
に絞り込むことができる。逆に試料2(板付Uc式) は、90.8%
の確立で790-510cal BCという約300年近い幅に該当しており、
年代をこれ以上絞り込むことはできない。
雀居第12次調査の試料の分析の結果、板付T式(前期初頭)
の年代は前800年を中心とするところに95%の確立で信頼区
間を与える暦年代の結果が得られた。
F従来の年代観であった前300年から500年さかのぼってい
る。
この年代についてどのように考えたらよいのであろうか。
今得られた14C年代、年輪年代との間でクロスチェックしてみよ
う。”

a、玄界灘沿岸地域との関係
佐賀県唐津市「梅白遺跡」、福岡市早良区「橋本一丁田遺跡」
の夜臼Ua ・b 式の土器に付着した炭化物から得られた年代は
、夜臼Ua ・b 式を前900〜750年の間に95%、板付T式を
前800年に95%のかくりつで絞り込むことができる。後者は雀
居の年代と整合性をもっている。

b、韓半島南部との関係
玄界灘沿岸地域で得られた夜臼U 式の年代が仮に前900年
頃を上限とすれば、突帯文土器の最古式である「山の寺式」や
「夜臼T式」は、前10世紀半ばくらいまでさかのぼる可能性が
出てくる。この年代は韓半島南部で無文土器時代が始まったと
考えられている年代と一致する。晋州南江ダムの工事で調査さ
れた漁隠T地区110号住居跡で突帯文土器に伴った炭化米の
14C年代は、2850±60 BPと報告されている。日本列島で本
格的な水田稲作が始まる年代と無文土器時代の始まりが近接
し、しかも現在韓半島で見つかっている水田の年代(前7〜6世
紀)よりさかのぼることになる。水田の年代が14C年代ではなく、
従来の年代観に拠っているとはいえ、今回観測した「晋州南江
ダム」・「玉房第2次調査」出土の孔列文土器に付着した炭化物
の年代との関係が注目される。
また、西日本の突帯文土器との関係が問題になっている韓半
島の突帯文土器の年代と夜臼式との年代差がわずか数十年と
いうことになると、これまで直接には結びつかなかった両地域の
突帯文土器との関係についても再考する必要が生じる。

c、近畿との関係
大阪府「小阪遺跡」の長原式〜弥生T期(古・中段階)の自然木
等の14Cの較正年代は、前540〜340年の間に集中しており、
前6〜5世紀頃に中心がある。
兵庫県東武庫遺跡で見つかった弥生T期新段階の木棺の年輪
年代の前445年は、削除された心材部と辺材部を加算しなけれ
ばならないが、その推定は難しいという。近畿で年輪年代の対象
とされているスギ材は、九州北部の平地では得ることができない
ので、これまで年輪年代による九州と近畿の比較はできていな
い。

d、東北縄文晩期土器との関係
雀居第4次調査では「夜臼Ua 式」の較正年代は「大洞C2式」と
の間に整合性をもつのであろうか。青森県是川遺跡出土の木胎
漆器の漆塗膜の14C年代の較正年代は、縄文晩期初めの大洞
B式が前1100年、C1式が前900年であった。大洞C1式が前
900年頃であれば、夜臼Ua 式に伴ったC2式は前900〜800
年頃になる可能性がある。東北地方と九州北部との間では整合
性をもっている。

今後の問題
玄界灘沿岸地域の諸遺跡から得られた弥生開始期の14C年代
は、韓半島無文土器時代の開始年代、近畿の弥生T期の年代、
そして東北縄文晩期中頃の年代との関係において、逆転・交差
することなく整合性のある年代になっている。
14C年代の較正年代に基づいて弥生時代の開始年代をさかの
ぼらせることによって問題になるのは、夜臼式や板付式の存続
期間である。夜臼T式(前10世紀)、U式(前9世紀)はあわせ
て200年、板付T〜UC式(前8世紀初〜前4盛期初)に至って
は400年間もの長期間を見積もらざるを得なくなる。そして現状
では、板付T〜UC式の較正年代は400年間のうちでも古いほ
うに著しく偏っている。また、近畿の長原式〜弥生T期前半(前
6〜5世紀)の年代は九州よりも約200年新しく出ている。

これまで弥生時代研究の拠り所としてきた相対年代との関係に
ついてみてみよう。
大陸の青銅器が列島に出現する前期末以降、中期中ごろまで
の間は、先述したように14C年代から正確な較正年代を得るこ
とは期待できないので、前期後半以降は中国の資料の年代と
つきあわせて考えていくほかない。
そこで問題となってくるのが中国の社会情勢と弥生時代の開始
との関係である。夜臼Ua 式の14C較正年代である前900年は
西周時代に相当し、中原の青銅器文化が遼寧地方に波及する
以前にあたる。この問題の解決のためには、弥生前・中期の14
Cの側定例を十二分に揃えることと同時に、中国・朝鮮半島の
紀年銘のある漆器や青銅器に伴う木製品などの14C年代を測
定し、弥生時代の文物とクロスチェックしていく必要があろう。

大阪府池上=曽根遺跡の木柱の年輪年代(前52年)と14Cの較
正年代(前80〜40年)とのあいだの整合性はとれている。土器
形式をはじめとする各種考古資料の緻密な編年網が構築されて
いる日本考古学は、自然科学的な手法によって得られた暦年代
をどのように受けとめるのか、これからの重要課題である。

<ここで、「歴博」が14C年代測定法で測定した遺跡を下に示して
おきます。>
画像

















弥生前期の様式として比定されてきた土器3点です。
画像


















【弥生時代の開始年代    藤尾慎一郎】
概略
今村峯雄を代表とする研究チームがこのたび発表した、弥生時
代の炭素14年代にかんする研究成果をまとめると次のようにな
る。
九州北部の弥生早・前期の土器である、夜臼U式と板付T式の
煮炊き用土器に付着していた煮焦げやふきこぼれなどの炭化
物を、AMSによる炭素14年代測定法によって計測し、得られた
炭素14年代を年輪年代法にもとづいた国際標準のデータベース
(暦年較正曲線)を使って暦年代に転換したところ、11点の試料
のうち10点が前900〜750年に集中する結果を得た。
このことは本格的な水田稲作の始まりが、これまでより500年近
くさかのぼることを意味している。しかも私たちは、本格的な水田
稲作が始まった時代を弥生時代と考える立場なので、弥生時代
が500年近くさかのぼることになるのである。それでは調査の内
容、結果、考古学的な推測、研究の意義を順に述べていく。

@測定試料(写真T、地図)
夜臼U式から板付c式の土器が出土した九州北部の4遺跡13
点、韓国・慶尚南道の早・前期無文土器が出土した3遺跡5点
の資料を対象とした。試料は土器付着炭化物、木炭、炭化米、
水田の水路に打ち込まれた木杭である。

A較正結果
佐賀県「梅白遺跡」や福岡市「橋本一丁田」遺跡の夜臼U式は、
前900〜750年の間に95%の確立で、また福岡市「雀居遺跡」
の「板付T式」は前800年頃に95%の確立で絞り込むことがで
きた。

B考古学的検証
得られた暦年代は従来の年代観よりも500年近く古いものだっ
たので、三つの点から検証した。まず、韓国南部、東北、および
九州北部の土器編年と照合したところ、逆転や平行関係に乱れ
がみられないこと。次に近畿の弥生前期や中期末の年輪年代と
の間で整合性がとれていること。最後に後期初頭に併行(並行)
する後漢初めの紀年銘をもつ試料の年代とAMS較正年代が一
致することである。以上の結果、私たちは今回の年代が正確で
あると判断した。

C考古学的推測
弥生最古の「夜臼T式」はまだ測っていないが、「夜臼U式」より
も古いので、今のところ前10世紀のどこかに収まると考えてい
る。すなわち弥生時代が前10世紀までさかのぼる根拠である。

D日本考古学は世界に冠たる土器編年が確立しているからこ
そ、形式ごとの暦年代をAMS較正年代によって算出することは
意味がある。これによって土器編年に科学的な裏づけが与えれ
ると共に、各形式の正確な存続幅を確定できれば、集落論や墓
地論を中心とする新たな弥生社会論が可能となるのである。

E今後の課題
鉄器をはじめとして、年代が上がることによって大きく広がった
土器一形式の存続幅が、これまでの解釈に引き起こすさまざま
な矛盾にたいして、批判や疑問が寄せられている。一方、これま
でより説明しやすくなった部分があることも事実である。研究グ
ループでは、より正確なAMS年代網を作ることによって、これら
の問題を考える基礎データを整備したいと考えている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【弥生時代の開始年代    春成秀爾】
現在与えられている炭素14年代による弥生時代の開始年代に
関して考えられることを考古学の立場からコメントしておきたい。

@これまでに分かっていた年代
北部九州で水田稲作を本格的に始めた時期を弥生時代早期
(略して弥生早期)と呼び、「夜臼T式」、「夜臼Ua式」と細別す
る。そのあと、弥生時代前期(弥生前期)がつづく。この時期を
「夜臼Ub式・板付T式」、「板付Ua式」、「板付Ub式」、「板付U
c式」と細別する。炭素年代の較正値では、縄文晩期の始まりは
前1200年前頃、弥生中期末の一点が前60年頃であることが、
これまでわかっていた。

A今回の定則値
これまでの較正値では、「夜臼Ua式」は「橋本一丁田」、「梅白」、
「雀居」の3遺跡9点のうち1点(梅白)だけがかけはれて古いほ
かは、8点とも前820年頃を中心に前9〜前8世紀に収まり較
正値は安定している。板付T式は「雀居遺跡」の2点が前800
〜前770年頃を示している。これによると、夜臼Ua式が前9世
紀末頃、夜臼Ub式・板付T式が前8世紀初め頃となっている。
夜臼Ua式に先行する夜臼T式は前10世紀頃までさかのぼる
可能性がある。すなわち、北部九州の弥生早期は少なくとも前
9世紀、弥生前期は前8世紀までさかのぼる可能性がつよくなっ
てきた。

B考古学的な解釈
夜臼式〜板付T式の年代をこれまでは前5〜4世紀頃と推定し
てきたから、今回の結果との懸隔はきわめて大きい。弥生時代
が始まるころの東アジア情勢について、従来は戦国時代のこと
と想定してきたけれども、西周の成立のころのことであったと、
認識を根本的に改めなければならなくなる。弥生前期の始まり
も、西周の滅亡、春秋の初めの頃のことになるから、これまた
大幅な変更を余儀なくされる。

C新たな問題点。
板付T式から板付Uc式は前800〜400年の間にほぼ収まっ
ており、弥生前期は400年間にわたっている。従来、弥生前期
の時間幅は約150〜200年間と見積もってきたから、炭素年
代を較正した結果によれば、その時間幅は非常に長い。その間
の人口増加、社会発展についてはきわめて長期的な年代幅の
なかで再考しなければならなくなる。弥生前期と弥生中期の境
界がいつになるかを判断できる炭素年代の材料はまだ少ない。
仮に400年頃にあるとすれば、これまた従来の考えとはまったく
ちがって、中国では戦国時代のこととなる。朝鮮半島から流入す
る青銅器について、これまでの説明とは違ってくるだろう。

D他の年代測定との整合性。
炭素年代によって得られた弥生前期の年代は、年輪年代とは
整合的である。なお、中国では西周代の測定を進めているが、
文献記録・年輪年代と矛盾が生じていない点は、この方法が妥
当であることを証明しているといえるだろう。

E鉄器の問題。 
今回の測定結果に反対の立場をとる研究者は、弥生早期〜弥
生中期の鉄器の存在や普及が中国よりもはるかにさかのぼる
ことを問題にしている。しかし、弥生早期・前期の鉄器は出土状
況が良好といえないものが少なくない。現状では鉄器の問題は、
それ自体の研究を進めるべきであって、炭素年代の否定のた
めに利用するべきではないと考える。

【炭素年代測定法について    今村 峯雄】  
@原理。
自然界の炭素は、性質が同じで重さが異なる炭素12、炭素13、
炭素1という43種類の原子(同位体)が混ざり合っている。大気
や現在生育している生物には、放射性の炭素14がごく微量(炭
素原子一兆個につき一個程度)含まれている。生物が死亡して
大気との炭素のやり取りがなくなると、その体内で炭素14は一
定の割合(半減期5730年)で減少していく。
この性質を利用し、生物起源の遺物やその炭化物の中に残って
いる炭素濃度から、その生物が死んで何年経過したか(何年前
の資料か)を算出するのが、炭素年代測定法である。

A年代の求め方。
過去から現在に至るまで、大気中の炭素の炭素14濃度が一定
であると仮定して算出されたのが「炭素14年代」である。しかし
実際は、地球磁場や太陽の黒点活動等の影響から、時期によっ
て炭素14濃度は変動していたことが分かっている。そのため、
「炭素14年代」から実際の年代(「暦年代」)を求めるためには
補正が必要である。近年、木の年輪(一年ごとに年代が推定で
きる)を測定することによって、暦年較正データベースとして整備
する作業が国際的に進み、炭素14年代を正確に暦年代に変換
できるようになった。

BAMS法。
加速器で炭素電子をイオン化して加速し、微量の炭素原子を直
接一つ一つ数えることによって濃度を測定する方法をAMS法
(加速器質量分析法 : Accelerator Mass Spectrometory)とい
う。この方法で、現在は、1ミリグラム以下の炭素試料を0.3〜
0.5%の精度で測定できるようになった。試料がわずかですむ
ため、貴重な文化財を壊さずに測定できるほか、従来法(「ベー
タ線計測法」、炭素1グラム以上が必要)と比較して、対象となる
試料の種類が大幅に広がった。この方法は1977年に提案され、
その後の改良によって高精度化が進み、現在はAMS法が主流
となっている。
AMS法と暦年較正データベースの整備により、1990年代中頃
から高精度年代研究の環境が整ってきた。

C試料の的確性。
炭素14年代測定では、ある決まった時期における炭素濃度が、
世界中どの地域でも均一な系を炭素源とするような生物を、対
象として想定しているが、大気はそのような系として理想的とい
える。大気中炭酸ガスを供給源とする木材、植物の種子、漆な
どやそれらを利用した製品、それらを常食とする動物等の骨の
遺物、ならびにその炭化物は年代測定に適した資料である。
ただし、考古遺物を対象とする際には、資料の的確性について
考慮しなければならない。例えば、目的とする遺物で年代測定
ができず、共伴する遺物で測定した場合、その同時性は必ずし
も保証されない。その点、コゲやススは土器編年と使用年代の
関係を調べるのに格好の試料である。

【坂本 稔氏のコメントは14C測定方法の技術面にあったので
 特にここでは取り上げないことにしました】

<下の表が2003年国立歴史民俗博物館研究業績集に春成秀
爾氏研究グループが作成した炭素14年代の較正にもとづく対比
表です>
画像



















近畿の弥生前・中期の年代
1 2005年度の概要
2005年度(2005年1月〜12月)は、中四国・近畿地方では縄文前
期〜晩期、弥生前期〜後期、古墳前期に属する土器付着炭化
物(88点)、木材(101点)、炭化材(9点)、漆(1点)、植物ツル(1点)
の試料31遺跡計200点の炭素14年代を測定しました。それらの
測定結果のうち近畿地方にかぎって成果の一部を紹介します。


2 近畿の弥生開始年代

近畿地方における弥生時代の開始時期について、前年度まで
に奈良県唐古鍵遺跡、大阪府水走、瓜生堂遺跡の前期土器
(T期前半、中頃)の付着炭化物を測定したところでは、前8世
紀中頃〜前7世紀末が上限でした。測定した点数が十分でなか
ったので、今年度はT期前半に属する八尾市木の本、東大阪
市若江北、同水走、神戸市本山遺跡の資料の測定をおこない
ました。
その結果、木の本遺跡は前8〜5世紀を示しましたが、若江北、
水走、本山の試料は前8〜前6世紀を示し、いわゆる「2400年問
題」の前半に位置していることから、近畿における弥生時代の開
始は前7世紀までさかのぼる可能性が依然としてあると考えまし
た。長原式も同様に前8〜前6世紀を示しており、T期前半と重な
っている。遺跡でのあり方からも、前7〜前6世紀頃に同時に共存
した可能性がつよいことを示しています。長原式に先行する突帯
文土器の口酒井式は測定例が少ないが、前8〜前7世紀頃です。
なお、T期後半は、大阪府瓜生堂、水走、兵庫県東武庫遺跡が
前7〜前5世紀、大阪府美園遺跡が前4〜前3世紀であって、前5
世紀から前4世紀のどこかに前期末がくることを示しています。


3 堰(せき)跡(あと)の年代

大阪府牟礼遺跡は1985年に茨木市教育委員会が発掘調査し、
縄文晩期の突帯文土器の時期に属する堰跡として当時、大きな
話題になりました。しかしその後、類例が見つからなかったことも
あり、最近ではとりあげることがなくなっています。そこで炭素14
年代を測定し、問題の解明をはかりました。その結果は次のとお
りでした。

堰の杭1 : 前595年〜前405年(61.3%)
堰の杭2 : 前795年〜前515年(95.4%)
堰の杭3 : 前595年〜前400年(70.8%)
縄文晩期土器 : 前800年〜前735年(48.0%)、
            前690年〜前660年(16.0%)、
           前650年〜前545年(31.5%)
1条突帯文土器 : 前830年〜前750年(84.2%)
弥生前期土器 : 前785年〜前505年(92.8%)

問題の堰をつくっていた杭の年代は3点のうち2点が前6〜前5世
紀、1点が前8〜前6世紀で、弥生前期土器の年代と重なる一方、
1条突帯文土器は前9〜前8世紀を示し、杭すなわち堰の年代は
弥生前期まで下る可能性が高いと判断しました。  
兵庫県伊丹市岩屋遺跡は、2003〜04年に兵庫県教育委員会が
発掘調査をおこない、弥生時代の堰跡が見つかりました。出土
土器から弥生前期と推定されましたが、他機関が堰に使ってい
る杭の炭素14年代の測定した結果では前3世紀後半であったの
で、時期比定に問題が投げかけられました。そこで、現地におい
てPG液がかかっていない個所から新たに試料を採取して測定
しました。その結果、堰1は前430〜370年で前400年頃を中心と
する前期末、堰2は前390〜前350年で前400年をやや下る前期
末ないし中期初め時期または前290〜230年で前200年頃の弥
生中期中頃、護岸施設は前485〜前405年で前400年頃の前期
末と判断しました。


4 弥生中期の年代

大阪府美園遺跡の3点、新上小阪遺跡の4点、亀井遺跡の1点、
兵庫県玉津田中遺跡の4点など測定例のほとんどが、前4〜前3
世紀にまとまっています。
2003年に奈良県田原本町唐古鍵遺跡の第93次調査で田原本
町教育委員会が発掘した、近畿期前半の大型建物跡にのこされ
ていたケヤキ材の柱根(辺材型)の炭素14年代を測定しました。
IntCal04にもとづいてウィグルマッチング法により計算したところ、
その年代を前290〜前255年(68.9%)、前205〜前165年(26.5%)、
最頻値は前270年(後者のばあいは前170年)としぼり込むことが
できました。V期前半の1点は前3世紀前半の可能性があること
を示しています。
1998年に守山市埋蔵文化財センターが下之郷遺跡の第25次調
査で発掘し、年輪年代が前272年と測定されている3号溝No.83
出土の木材(辺材型)を測定し、IntCal04にもとづいてウィグルマ
ッチングをおこなったところ、前285〜前255年(95.4%)、最頻値は
前270年としぼり込むことができました。時期は期に相当します。
2002年に東大阪市教育委員会が実施した大阪府東大阪市瓜
生堂遺跡第47−2次調査で見つかった瓜生堂4号方形周溝墓の
5号木棺の底板(辺材型)の炭素14年代を測定しました。ウィグ
ルマッチング法により、その年代を前210〜前145年(88.3%)、最
頻値は前175年としぼり込むことができました。伴出した土器は
V期後半です。
大阪府池上曽根でW期が前52年、兵庫県武庫庄で期前半が
前245年という年輪年代値を定点として用い、今回の炭素14年
代にもとづく唐古鍵、下之郷と瓜生堂のデータを援用するなら
ば、U期の上限つまり弥生中期の始まりは前300年を超える前
4世紀代であるとみるのが妥当でしょう。
ウィグルマッチング法による木材の伐採年代をしぼり込んで、伴
出土器の炭素14年代をチェックすると同時に、年輪年代との照
合をおこなうことによって、その精度を確認していますので、近
畿の弥生前・中期の年代は、いっそう確かになってきたといえる
と思います。

(文責 春成秀爾)

<注、ウイグルマッチング法の意味:年輪年代測定値と一致す
る数値という意味。考古学上では意味不明な言葉だそうです>
・・・あるサイトより。 

(注、赤丸C→B→A→@と、逆の読み方をするとこれまでの
 経緯についての意味がよく分かるような気がしました。DEF
 は、弥生時代の初期が十世紀さかのぼる確認と、これからの
 方向性を探る記述となっているところに気がつきました)

ハナサンピンは、倭人伝(AD250年頃)を探る道中にあるので、
編年の疑問も弥生〜古墳の真っ只中に存在するという立場か
ら次ページもそれを追ってゆくつもりです。
・・・次ページもよろしく・・・ではまた。



 

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「歴博」による14C測定値の発表(2003年)−1 ハナサンピン/BIGLOBEウェブリブログ
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