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zoom RSS 14C測定値の公開ー7−九州

<<   作成日時 : 2013/06/24 21:21   >>

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(A)福岡県、熊本県、佐賀県、長崎県、

【福岡県】

雀居(さざい)遺跡
(福岡市博多区雀居)縄文・弥生・古墳・中世

三笠川右岸の沖積地に立地する縄文から中世にかけての複合
遺跡。特に臺次、5次調査では縄文じだい晩期の溝から多量の
土器と共に木製農具等が出土している。また、弥生時代後期(S
D−02)の環濠から多量の木製品が出土している。環濠の内側
には大型の掘立柱建物が見られる。

@天板(SD−02)・・・AD87年
        スギ材・・・弥生土器(弥生後期中期〜後半に推定)
A天板・・・・・・・・・・・・・BC122年
        スギ材・・・弥生土器(弥生後期中期〜後半に推定)
B机の脚・・・・・・・・・・・AD41年
        スギ材・・・弥生土器(弥生後期中期〜後半に推定)
C槽(刳物)・・・・・・・・・AD100年
        スギ材・・・弥生土器(弥生後期中期〜後半に推定)

比恵(ひえ)遺跡
(福岡市博多区博多駅南3丁目58)

三笠川と那珂川に挟まれた洪積台地に立地する弥生から古代
にかけての複合いせき。対象遺物は大6次調査のSX01(水溜
め状遺構)出土の網カゴ。

SX01最下層・・・1970±170(弥生土器)・・・(BC20年)
                (弥生前期後半〜中期前半に推定)

重富(しげとめ)遺跡
(北九州市小倉区重住1丁目1044−1)弥生時代

紫川沿いの標高20mの低丘陵上に立地する。弥生時代中期
〜後期の集落跡であり、平成7年1月には銅鉾を埋納した後期
の大型竪穴住居跡が検出され話題となった。年代測定を行った
のは中期須玖T式を出土する2号貯蔵穴の中層の炭層である。

測定結果・・・2220±75B・P(BC270±75年)

弥生時代中期〜後期はAD100年頃。推定時期より370年古い炭
層ということになる

潤崎遺跡第地点
(北九州市小倉南区東貫2丁目)古墳時代

丘陵上に選地する曽根古墳群中に所存する埴輪窯跡である。
窯跡に残る焼土と炭化物を考古磁気年代測定と14C測定を行っ
ている。出土埴輪は川西編年のV期新相を示す。

考古磁気年代測定・・・AD410±15年
14C測定・・・・・・・・・・・1640±75yB・P(1590±75yB・P)
        すなわち(AD310年)となる。
埴輪の(川西編年のV期新相)は(5世紀後葉〜6世紀)である
から、推定時期より200年前後古い(炭化物)ということになる

長行遺跡
(北九州市小倉南区長尾2丁目30)縄文時代晩期

丘陵裾部を流れる小河川沿いの低湿地に立地。晩期の土壙群
が存在するB区の包含層、表土下1.8mの有機質粘質土を測
定した。
測定地点は山ノ寺式に先行する長行期の遺物包含層である。

14C年代法。
N‐4298・・・2870±70yrBP(BC920年に相当)

長野A遺跡

洪積平野を望む丘陵上に立地する5世紀前半〜6世紀にかけて
一大集落跡である。
年代測定は2基の窯跡で行っており、出土須恵器は小田編年V
A期である。

考古地磁気法による。
1号窯跡・・・AD560±20年 ・・・(古墳後期に推定)  
2号窯跡・・・AD555±25年 ・・・(古墳後期に推定)

野黒坂遺跡
(福岡県筑紫野市針摺字野黒坂)古墳時代

福岡県筑後両平野の分水嶺にあたる標高50m前後の丘陵部
に遺跡は展開し、旧石器時代をはじめ、弥生〜古墳の集落跡が
調査された。測定を行ったのは、古墳時代後期の焼失住居で、
出土した炭化材を対象に実施。

41号住居・・・1210±10BP・・・須恵器・土師器(6世紀前半)

八尋(やひろ)遺跡群
(福岡県鞍手郡鞍手町大字八尋)古墳・奈良・平安

須恵器窯周辺には竪穴住居1、掘立柱建物4が検出されており、
窯跡との関連が考えられる。焼土杭を227基調査し、年代測定
では結果が出なかったがおよそ奈良時代〜平安時代の伏焼木
炭窯と考える。

年代測定は、考古地磁気法による。

焼土・・・床面全域から33箇所・・・730±15(年)・・・須恵器・・
                        ・・・(八世紀中頃に推定)

上田町遺跡A地点
(福岡県小郡市三沢字上田町)古墳

標高60から95mの洪積世の丘陵状に位置する。須恵器の窯
跡1基以外には、土坑が検出された。

考古地磁気法による。
T号窯跡・・・焼生部床面・・・AD600±20(年)・・・須恵器・・・
                        ・・・(6世紀後半に推定)

ハサコノ宮遺跡A地点
(小郡市三沢字勝負坂)古墳・奈良

標高60から95mの洪積世の丘陵状に位置する。須恵器の窯
跡1基以外には、弥生時代中期の貯蔵穴、7世紀の集落が点
在する。他には焼土杭が検出された。

考古地磁気法による。
1号窯跡・・・焼成部床面・・・AD600±20(年)・・・須恵器・・・
                        ・・・(6世紀後半に推定)

北山E1号窯跡
(小郡市三沢字北山)古墳・奈良

標高60から95mの洪積世の丘陵状に位置する。須恵器の窯
跡以外には7世紀代の古墳と集落が点在する。

考古地磁気法による。
焼土・・・焼成部床面・・・AD590±1(年()・・・須恵器・・・
                        ・・・(6世紀後半に推定)

上岩田遺跡

(小郡市上岩田)縄文・弥生・古墳・奈良・平安・鎌倉

縄文時代から鎌倉時代にかけて営まれた複合遺跡。7世紀の
竪穴住居群とそれに引き続く大型の掘立柱建物群である。

14C年代測定法
1、土壌(第一トレンチ)・・・BP1435±90(AD515年)
2、泥炭(第二トレンチ)・・・BP1800±85(AD150年)
3、泥炭(第二トレンチ)・・・BP2105±90(BC155年)

干潟城山(ひがたしろやま)遺跡
(小郡市干潟字向畦ヶ浦)縄文・古墳・奈良

縄文時代早期の落とし穴遺構を古墳、奈良時代の竪穴住居跡、
土坑墓などが検出されている。

14C年代測定法
1、黒泥(U区谷部)・・・BP2890±80(BC940年)
2、黒泥(U区谷部)・・・BP3850±80(BC1900年)

大迫遺跡
(福岡県朝倉郡朝倉町大字大字山田字大迫)弥生・古墳・奈良・
平安

朝倉低山地に属する麻底良山から南に派生した標高44〜72
mの丘陵突端部に立地する、奈良時代から平安時代前半にか
けての一大下層墓群である。火葬墓の下層からは、7世紀後半
の大規模な建物群・竪穴住居が検出され、その焼失住居の炭
化材で測定を実施した。

14C年代測定法(すべて炭化材の測定結果です) (共伴遺物)
6 号火葬墓・・・1260±75yBP(690±75)
16号火葬墓・・・1330±75yBP(620±76)   土師器
21号  =@・・・1300±75yBP(650±77)   土師器
24号  =@・・・1360±75yBP(590±78)須恵器・土師器
36号  =@・・・1210±75yBP(650±79)   土師器
37号  =@・・・1340±75yBP(610±80)   土師器
45号  =@・・・1240±75yBP(820±81)須恵器・土師器
59号  =@・・・1130±75yBP(610±82)   土師器
61号  =@・・・1210±75yBP(740±83)須恵器・土師器
78号  =@・・・1350±75yBP(600±84)   
84号  =@・・・1400±75yBP(600±85)
88号  =@・・・1040±75yBP(910±86)
5号 住居跡・・・1540±75yBP(410±87)須恵器・土師器

中道遺跡
(福岡県朝倉郡朝倉町大字大庭字中道「旧石器・縄文・弥生・古
墳・奈良・中世」)

朝倉町の2本の河川に挟まれた低台地上にいちする主に弥生
〜奈良時代の集落遺跡。弥生時代の住居は26軒中15軒が、
放火によるものと思われる消失住居であり、炭化材が検出され
た。
                  (共伴遺物)    (推定時期)
一号住居・・・2020±75・・・蓋・壺・鉢・・・弥生中期(紀元0年)
すなわち(−70年)ということになる。
四号住居・・・2210±75・・・長頸壺・甕・・弥生中期(紀元0年)
            (−260年)
五号住居・・・2230±75・・・ 甕・鉢 ・・・ 弥生中期(紀元0年)
(−280年)

四号住居の長頸壺はどんなものであったかが興味深いが見れ
ないのが残念。
大宰府で見つかっている「長頸壺」は、“七世紀末ないし八世紀
初頭と考えたほうが妥当であろう”とされているが。

外之隈遺跡
(福岡県朝倉郡朝倉町大字山田字外之隈・杷木町大字志波字
本陣)旧石器・縄文・弥生・古墳・近世

朝倉低山地に属する本陣山の丘陵斜面から裾部に構築された
特異な立地の集落である。6世紀中〜末の約半世紀という短
期間で終焉する集落であり、鉄滓・炭が入る土壙が検出されて
いる。

14C年代測定法。
V区11号住居跡・・・1760±90yB・P (AD190±90)
                須恵器・土師器(6世紀後半推定)
   推定時期より約400年古い資料となる
V区13号住居跡・・・1760±75yB・P (AD190±76)
                須恵器・土師器(6世紀後半推定)
   推定時期より約400年古い資料となる

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【熊本県】
沈目(しずめ)遺跡
(熊本県下益城郡城南町)弥生〜古墳

火山台地の縁辺部にある複合遺跡。
弥生後期〜古墳時代前期の集落跡。

14C年代測定法。
N- 2062・・(木)・・1720±80(AD230年)・・(古墳前期に推定)
古墳前期はAD300年だから70年古い(木)である
                                    
沈目立山(しずめたてやま)遺跡
(熊本県下益城郡南町)縄文・弥生・古墳・中世

火山灰大地の縁辺部にある複合遺跡、縦横文の炉穴、弥生の
甕棺群、古墳〜中世の溝が出土した。

14C年代測定法。
N-2719(木)・・・2240±80(BC290年)・・(弥生前期末に推定)
    推定時期より約200年古い(木)ということになる                                  

方保田(かとうだ)遺跡
(熊本県山鹿市方保田)

火山灰大地の縁辺部にある複合遺跡
弥生時代後期〜終末期の竪穴住居群

14C年代測定法。
KSUー511(炭化米)溝底・・・2210±30(BC260年)
                      ・・・(弥生後期に推定)
   推定時期より360年古い(炭化米)ということになる
KSUー511(炭)住居跡・・・・・1865±20(AD85年)
                      ・・・(弥生後期に推定)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【佐賀県】
菜畑(なばたけ)遺跡
(唐津市菜畑字正円寺山3355−1)縄文・弥生

唐津平野の西端の低丘陵に進入する枝状谷に立地する縄
文時代後半から弥生時代前期までの水田跡、集落遺構を主
とする縄文時代前期から弥生時代中期までの複合遺跡。

14C年代測定法。
KSU‐513・・2630±30(BC680年)・・(縄文晩期終末に推定)
                                 
KSU-520・・3030±30(BC1080年)・・(縄文晩期後半に推定)
                                  
KSU-523・・・5060±30BP(BC4110)・・(縄文前期に推定)
                                     
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Nー4229・・・2620±80BP(BC670年)・(夜臼単式)・(縄
                          文晩期終末に推定)
Nー4599・・・2960±90BP(BC1010年)・・・(夜臼‐板付)
                         弥生前期初頭に推定)
   推定時期より510年古い遺構である
Nー4600・・・3230±100BP(BC1280年)・・・(夜臼単式)
                         縄文晩期終末に推定)

宇木汲田貝塚
(唐津市字宇木汲田)縄文・弥生

唐津平野の東南部にあたる、夕日山の北東麗の水田中に位
置する縄文時代晩期から弥生時代前期の貝塚。発見以降数
度の学術調査が実施され、日本農耕文化の生成の研究史上
重要な遺跡。

14C年代測定法。
KURIー0053・・・貝・・・2370±50BP(BC420年)
                ・・・(夜臼式)・・・(縄文晩期に推定)
KURIー0054・・木炭・・2240±50BP(BC290年)
               ・・・(板付T式)・・・(弥生前期に推定)

神田(こうだ)中村遺跡
(唐津市神田中村)弥生・古墳・中世

唐津平野の西側に位置する低丘陵の先端、谷部に立地する
弥生時代後期から室町時代の複合遺跡。

14C年代測定法。
GaK−16401・・炭化材・・・2620±140BP(BC670年)
                       ・・・・(弥生後期に推定)
   弥生後期の始まりはAD100年頃。推定時期より770年古い
   (炭化材)ということになる 
GaK−16402・・炭化材・・・2900±120BP(BC950年)
                       ・・・・(古墳前期に推定)
   古墳前期はAD300年頃。推定時期より1250年古い炭化材
   ということになる

久里双水(くりそうずい)古墳
(唐津市双水字佐古776−1)古墳・中世

松浦川の東岸に延びだす丘陵端に位置する古墳時代前期の
大型の前方後円墳。後円部に竪穴式石室の主体部が発見さ
れ、石室内に舟形粘土床が検出され、鏡1、管玉2と刀子1が
出土した。

14C年代測定法。
GaK−18108・・・炭化材(ナツツバキ)・・・2680±90BP
         (BC730年)・・・土師器・・(古墳前期に推定)
   古墳前期はAD300年頃。推定時期より1030年古い炭化材
ということになる    
GaK-18109・・・炭化材(ナツツバキ)・・・2610±270BP
         (BC660年)・・・土師器・・(古墳前期に推定)
   古墳前期はAD300年頃。推定時期より960年古い炭化材
   ということになる

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

【長崎県】
津吉(つよし)遺跡
(長崎県平戸市津吉町785番地外)旧石器・縄文・弥生・中世

平戸島南部の洪積平野に位置し、旧石器時代の建物、弥生
時代の甕棺墓、土壙墓、住居跡、貯蔵穴等の遺構を検出して
いる。

14C年代測定法。
N5007・・・(木片)・・・2550±80yBP(BC660年)
                       ・・・(弥生前期に推定)
   弥生前期は300年頃。推定時期より330年古い(木片) 
N5008・・・(木片)・・・1590±65yBP(AD360年)
                       ・・・(弥生前期に推定)
N5009・・・(木炭)・・・1800±110yBP(AD150年)
                          ・・・(弥生に推定)
N5010・・・(木炭)・・・2220±95yBP(BC270年)
                          ・・・(弥生に推定)

宮ノ下り(みやのさがり)遺跡
(長崎県松浦市志佐町高野免宮ノ下り他)旧石器〜中世

旧石器〜中世に至る複合遺跡。特に古墳時代(4C~5C前半)
の竪穴式住居2基、箱式石棺墓1基が検出されている。中世
では掘立柱建物群も検出されている。

14C年代測定法。
2号住居内・・・1760±75yBP(AD190年)・(土師器)
                         ・・・(4C後半に推定)
   4C後半を350年頃とすれば、160年古い資料ということに
   なる

今福(いまぶく)遺跡
(長崎県南高来郡北有馬町今福名今福)旧石器〜中世

弥生時代中期から古墳時代初頭期と中世をしゅたいとする
複合遺跡。竪穴住居跡、ドングリ竪穴、甕棺墓、土墳墓、環
濠などが確認されている。

14C年代測定法。
Nー4290・・・木材・・・2030±75(BC80年)
                    ・・・(弥生中期〜後期に推定)
   推定時期は(ほぼ妥当)
Nー4292・・・木材・・・2290±70(BC340年)
                         ・・・(弥生後期に推定)
   弥生後期はAD100年頃から始まる。推定時期より440年古
   い(木材)ということになる



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